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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)9570号 判決

三菱銀行

富士銀行

事実

原告八幡硫黄株式会社は請求の原因として、被告大玉製紙株式会社は昭和二十八年二月より六月に至る間、五回に亘つて原告を受取人とした金額百万円の約束手形五通を振り出したので、原告は被告に対し手形金合計五百万円並びにこれに対する年六分の割合による損害金の支払を求めると述べ、被告の主張に対し、被告会社東京出張所において従来必要あるときは、篠永倫が本件手形同様井川達二名義を以て約束手形或いは小切手を振り出し来つたもので、篠永倫において権限なくして本件手形を振り出したものではない。而も原告は本件手形取得当時井川達二が被告代表取締役を退任していたことは知らなかつたし、被告東京出張所において手形振出をなす場合の内部規程も知らなかつた。仮りに篠永倫が被告の内部規程に違背し、権限を踰越して本件手形を振り出したとしても、従来被告会社東京出張所において本件手形と同様な方式によつて振り出された約束手形は満期に順次決済されていたし、原告には被告会社の内部事項につき探知すべき義務も方法もないので、原告は篠永倫に被告会社代表取締役井川達二名義を用いて約束手形を振り出す権限があるものと信じ、又信ずるにつき正当の事由があつたことになるから、被告は原告に対し本件手形に関し責任を辞することはできぬ筋合であると述べた。

被告大玉製紙株式会社はこれに対し、被告は昭和二十三年常務取締役井川達二が東京出張所長に就任当時、株式会社三菱銀行雷門支店及び株式会社富士銀行坂本支店との間に取引を開始して以来、被告東京出張所長常務取締役井川達二名義を以て約束手形の振出をなして来たが、その振出は東京出張所における資材購入の場合に限られていた。そして井川達二が京都へ転出後は、篠永倫が被告会社東京出張所長となつたが、同人は取締役ではあつても代表権限なく、資材購入のため手形発行の必要がある場合には被告会社の社長又は本社経理部長の指示を仰ぎ、常務取締役井川達二の名義及び印章を使用してこれに当らせていたに過ぎなかつた。本件手形は篠永倫が訴外荒尾嶽鉱業株式会社代表者の依頼に基き、同社の施設改善資金入手の便を謀り、権限がないにかかわらず、被告東京出張所常務取締役井川達二の名義及び印章を冒用して振り出し、手形割引によつて得た現金は右荒尾嶽鉱業株式会社の用途に使用させていた次第で、何れも偽造という外はない。而も、井川達二は昭和二十七年十二月三十日代表取締役を退任し、昭和二十八年一月十二日その旨登記を経て居り、従つて本件手形振出当時には被告東京出張所長の職にないのは勿論、手形振出の権限もなかつたので、本件手形は形式上からみてもその効力を有しないものであり、従つて原告の本訴請求は失当であると述べた。

理由

被告は本件手形の成立を否認するが、被告会社東京出張所常務取締役井川達二名義でその名下に同人を表示した印章が押捺された原告を受取人とする原告主張の如き五通の約束手形が存在し、しかも原告においてこれを現に所持していることは明らかである。而してその振出日は昭和二十八年五月十四日より同年六月二十三日に亘り、当事者間に争のないとおり、名義人井川達二は既に東京出張所長より他に転じ、昭和二十七年十二月三十日には常務取締役をも退任し、昭和二十八年一月十二日にはその旨登記も了して居るから、本件手形振出当時には被告を代表して手形を振り出す権限なく、単に形式上のみからみれば、本件手形は何れも無効であるかのようであるけれども、被告としては井川達二の後任者である東京出張所長篠永倫をして資材購入等必要な場合には、被告本社の指示を受けた後、便宜上前任者井川達二の名義を以て、東京出張所において引き続き保管していた同人の印章を使用して約束手形を振り出し、代金の支払に充てさせていたことが当事者間に争のない以上、形式上のみより判断することのできないのはいうまでもない。

ところで証拠を綜合すれば、被告会社東京出張所長取締役篠永倫は、訴外荒尾嶽鉱業株式会社代表取締役の依頼に基いてその施設の改善資金入手の便宜を謀ることとなり、その手段として本件手形等を振り出したのであるが、振出に当つては被告本社の承認を得ないのは勿論報告さえせず、本件手形以外の手形金は右荒尾嶽鉱業株式会社において決済して来たことを認めることができるから、従つて篠永倫の本件手形振出行為は権限を踰越したものといわなければならない。然しながら、一方被告においては前記のとおり東京出張所長常務取締役井川達二退任後も、その名義及び印章を使用して約束手形を振り出して代金支払に充てていたことを自認して居り、手形振出に関しては被告本社の承認を要する定であるのに本件手形に関しては何の連絡もなかつたとの被告の主張は、被告会社の内部関係に過ぎず、一般に第三者に知られて居ないことは当然であり、本件に現われた全証拠を綜合しても、原告において予めそのようなことまで了知していたことを窺うことはできない。してみれば、原告が被告会社東京出張所長篠永倫に本件手形振出の権限があるものと信ずるのは異とするに足らず、又信ずるにつき正当の事由があると認める外はない。従つて本件手形五通は何れも真正に成立したものと解され、被告は原告に対し手形金支払義務を辞することはできない。

してみると、被告に対し手形金合計五百万円とこれに対する遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は正当であるとしてこれを認容した。

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